
これまでに、育毛に関する様々な研究からたくさんの注目分子が出てきています。
毛の成長を制御しているといわれている毛乳頭細胞や毛のもととなる毛母細胞の活性化は育毛にとって重要であると考えられていて、毛のもととなる毛母細胞の増殖や細胞死を防ぐには活性化した毛乳頭細胞から分泌するタンパク質などが必要とされています。 それでは“活性化した”というのはいったいどのような状態の事なのでしょうか?
目次
毛乳頭細胞はFGF7タンパク質など毛の成長に不可欠なタンパク質を多く作りますが、これらのタンパク質を作るためには、細胞外からの刺激が必要です。
毛の成長期には毛乳頭細胞が多くの刺激を受けて、毛の成長に必要なタンパク質を生産します。
逆に休止期においてはこのような刺激を受けないか、低く保たれています。
この“刺激”の役割を果たすひとつとして世界中で注目されているのがWnt(ウィント)というタンパク質です。
Wntはあらゆる細胞で重要な役割を果たしますが、毛包を構成する細胞においても重要なタンパク質であることが知られています。
特に毛が成長するには毛乳頭細胞と毛母細胞にWntによる刺激が必要であり、その刺激による毛乳頭細胞や毛母細胞内の変化(シグナリング)がとても重要であることがわかっています。
例えば、毛乳頭細胞内の変化というのは、Wntによる刺激によって毛乳頭細胞内にあるβカテニンタンパク質の居場所が細胞核に移ります。
細胞核にはDNAが保存されていて、βカテニンタンパク質が細胞核に移動してDNAと結合すると毛乳頭細胞はさまざまな毛の成長に必要なタンパク質を生産するのです。
これがひとつの“毛乳頭細胞活性化”と言われています。 この現象は毛の成長期のみで活発になり、他の毛周期においては低く保たれていて、成長期を長く維持するためには毛乳頭細胞活性化状態を維持することであると考えられています。
Wntによる刺激によって毛乳頭細胞や毛母細胞が活性化するということが毛の成長にとって救世主のような存在ですが、そう甘くないのが現実です。
なぜならWntの効果を消してしまう存在がいるのです。
DKKタンパク質やWIFタンパク質がそれにあたり、たとえWntタンパク質が存在していても、DKKタンパク質やWIFタンパク質が周囲にいるとWntタンパク質の刺激は細胞内に伝わらなくなってしまいます。
つまり、毛乳頭細胞や毛母細胞の周辺にDKKタンパク質やWIFタンパク質が多く存在していると、細胞は不活性状態に陥り、やがては毛の成長が止まってしまいます。 よって毛乳頭細胞や毛母細胞の活性化状態を維持するためには、DKKタンパク質やWIFタンパク質の産生を抑えるか機能性を抑えることが必要です。
ではWntによる刺激を邪魔するタンパク質と薄毛は関係しているでしょうか?
男性型脱毛症においては男性ホルモンの影響から毛乳頭細胞内でDKKタンパク質をより産生することが報告されています1)。
つまり、Wnt刺激を邪魔する要素が増えてしまうことによって毛の成長期間が短くなってしまうと考えられます。
また、遺伝的な背景においても薄毛の人とそうでない人の間でDKK遺伝子に違いがあり、薄毛に対するリスク遺伝子と報告されています2)。 どうやらDKKタンパク質は育毛においては厄介な存在であるようです。
アドバンジェンではFGF5タンパク質の機能と毛の成長について研究していますが、毛の成長を退行する力があるFGF5は厄介者であるDKKタンパク質と関係があるのでしょうか?
つい最近の科学論文で、FGFタンパク質のシグナリングを止めてしまうと毛乳頭細胞でのDKKタンパク質の産生が低くなり、Wntの刺激を増強させるタンパク質の存在が高く維持されることがわかりました3)。
このことから、FGFタンパク質による刺激が毛乳頭細胞のDKKタンパク質の産生に関与していることが明らかになり、つまりは毛乳頭細胞周囲のFGFタンパク質が毛の成長期間を負にコントロールしていることが提唱されました。
FGF5タンパク質は毛乳頭細胞周囲に存在する主要のFGFタンパク質と認識されています。 今後さらなる研究によってこれらの関係性が深く明らかになれば薄毛に対する理解がさらに進むことでしょう。
今回は毛成長に欠かせない細胞の“活性化”について解説してきました。
これまではひとつの活性化因子(タンパク質)に注目しているものが多かったのですが、活性化に対して邪魔をする(毛包の退行に向かう)分子にもより注目すべきであることがわかってきました。
毛包の退行に関わる研究はまだまだ未知である事が多く、今後の科学研究によって明らかになっていくことが望まれます。 毛の成長期が短くなり、退行することがどのように生じているかを分子レベルで理解することが、将来のオーダーメイドな育毛を実現するためのカギとなるでしょう。
1. Kwack, M. H. et al. Dihydrotestosterone-inducible dickkopf 1 from balding dermal papilla cells causes apoptosis in follicular keratinocytes. J. Invest. Dermatol. 128, 262–269 (2008).
男性型脱毛症における原因物質ジヒドロテストステロンが毛乳頭細胞内でDKKタンパク質を産生し、男性型脱毛症の毛包にDKKタンパク質が多く存在している事を示しています。毛乳頭細胞周囲の細胞を細胞死させることがわかり、DKKタンパク質が男性型脱毛症における注目分子である事を提唱しています。
2. Heilmann-Heimbach, S. et al. Meta-analysis identifies novel risk loci and yields systematic insights into the biology of male-pattern baldness. Nat. Commun. 8, 14694 (2017).
男性型脱毛症におけるメタ解析(複数の研究結果を統合して分析)によって新たに発見されたリスク遺伝子候補が報告されました。世界中の研究成果を統合することで10000例を超える大規模な遺伝子解析から候補遺伝子としてFGF5に加え、DKKが挙がりました。
3. Harshuk-Shabso, S., Dressler, H., Niehrs, C., Aamar, E. & Enshell-Seijffers, D. Fgf and Wnt signaling interaction in the mesenchymal niche regulates the murine hair cycle clock. Nat. Commun. 11, 1–14 (2020).
毛乳頭細胞のFGFタンパク質受容体を欠失することで、FGFタンパク質の刺激を受けない実験マウスが長毛(成長期が長い)になり、これは毛乳頭細胞内のDKKタンパク質などのWntシグナリングにかかわる分子の産生に大きくかかわっていることがわかりました。
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