
“ストレスで薄毛になる” 皆さんもよく聞いたことがあるのではないでしょうか。
たしかに薄毛の原因として広く知られていることですが、実は科学的に詳しく解明されていたわけではないのです。
しかし今年、科学誌であるNatureにストレスホルモンによる毛包への影響について有力な報告が投稿されました(1。
ストレスホルモンがどのように毛包へ作用し、そして薄毛の原因となるのか。 論文の内容を基にメカニズムについて考えてみたいと思います。
目次
まず論文の内容に触れる前に、ストレスにおける体内のはたらきについてお話しします。
副腎という臓器が腎臓の上部にあり、副腎髄質と副腎皮質という構造をもっています。
副腎は体の恒常性を保つためのホルモンを分泌します。
副腎皮質ではコルチコステロイドと呼ばれるホルモンを産生します。
コルチコステロイドはストレスから体を守り、糖利用の調節*
、血圧を正常に保つなど必要不可欠なホルモンです。
コルチコステロイドは心身がストレスを受けると、急激に分泌が増えます。
これはストレスから身を守ろうとして起きる現象で、瞬間的な量の増加に問題はありません。
しかし、長期的なストレスにさらされると脳の海馬を委縮させたり、コルチコステロンの分泌は、免疫系・中枢神経系・代謝系など、身体のさまざまな機能に影響を及ぼします。 たとえば、うつ病患者はコルチコステロイド値が高いそうです。つまりコルチコステロイドは、ストレスと心身の健康状態を結びつける大切なホルモンであり、ストレスホルモンとも呼ばれています。
糖利用の調節
食事として摂取した糖分はエネルギーとして各臓器で消費され、余分なエネルギーは飢えに備えて蓄え、必要なときに利用されるというサイクルを調節すること。
では、論文の内容にスポットを当てましょう。
ストレスホルモンは毛成長にどのような影響を与えるのでしょうか?
ハーバード大学のYa-Chieh Hsu研究チームは、副腎を摘出した実験マウスの皮膚を観察すると、通常よりも早く毛成長が開始されることを見出しました。
これは毛包には毛周期という成長‐退行‐休止というサイクルがある中で、毛の成長が止まっている休止状態にある期間が短くなったことを示しています。
毛成長の休止期間は毛周期が一周するたびに長くなることがわかっていますが、研究チームの長期的な観察から副腎を摘出した実験マウスにおいてはそのような休止期間の延長がありませんでした。 つまり副腎から分泌されるホルモンが毛成長の休止時間における調節に関わっていることになります。
副腎から分泌するホルモンはいくつかありますが、Ya-Chieh Hsu研究チームは副腎を摘出した実験マウスにおいてコルチコステロイドの分泌量が減少していることを発見しました。
そこで研究チームは、副腎を摘出した実験マウスにコルチコステロイドを投与すると、毛成長の休止期間が長くなり、副腎を摘出した時の毛成長効果がなくなることを見出しました。
さらに研究チームは、環境的なストレスを与え続けた実験マウスや老化した実験マウスによるコルチコステロイドの慢性的な増加状態では毛成長の開始が遅れることがわかりました。
つまりコルチコステロイドが毛成長開始を遅らせる調節因子であることがわかったのです。
ではこのコルチコステロンは毛包のどこに作用するのでしょうか?
研究チームは実験マウスを用いてさらに調べ、コルチコステロイドは毛乳頭に作用している事がわかりました。
毛乳頭は毛包器官において毛周期をコントロールする司令塔的な役割を担うことが広く知られています。
そこで毛乳頭においてコルチコステロイドが作用するとどのような変化が起こるかを解析したところ、研究チームは、GAS6というタンパク質の産生に注目しました。 GAS6タンパク質はコルチコステロイドの作用で産生を抑制され、コルチコステロイドがない状態では産生が上昇することがわかり、このタンパク質が毛成長開始に欠かせない幹細胞の増殖を調節するものだったのです。
Ya-Cheih Hsu研究チームは慢性的なストレス環境が毛成長の開始を遅らせることを理論的に実証しました。
毛成長の休止期間が長くなって成長している毛が少なくなると、毛の密度は低くなり、そして薄毛に向かいます。
環境や老化による慢性的なストレスが毛周期に影響する事が明らかになったことは、ストレスと薄毛の結びつきをグッと近づけたと言えるでしょう。
毛周期を正常に保つことが髪の健康を維持することにつながります。 ストレスなしに生きることは難しい現代社会ですが、こうした毛成長のメカニズムが解明され、薄毛の対処法がより明確なものになっていくと良いですね。
1. Sekyu Choi, Bing Zhang, Sai Ma, Meryem Gonzalez-Celeiro, Daniel Stein, Xin Jin, Seung Tea Kim, Yuan-Lin Kang, Antoine Besnard, Amelie Rezza, Laura Grisanti, Jason D. Buenrostro, Michael Rendl, Matthias Nahrendorf, Amar Sahay, Ya-Chieh Hsu, Nature 592, 428-432 (2021)
ハーバード大学のYa-Chieh Hsu准教授の研究グループは皮膚における幹細胞の挙動と調節について研究しており、交感神経による発毛、白髪ついてインパクトのある成果を上げていています。
PREV
概日リズムと毛周期詳細を見る
詳細を見る
詳細を見る
詳細を見る